東京地方裁判所 平成9年(ワ)7173号 判決 1999年3月12日
主文
一 被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成八年一一月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
理由
【事実及び理由】
第一 請求
被告は、原告に対し、一五〇〇万円及びこれに対する平成八年一一月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、被告が経営する海外リゾートクラブの個人会員となった原告が、被告が一方的に会則を変更して、施設利用の一部を有料化したことが、入会契約の債務不履行に当たると主張して、被告に対し、主位的請求として、入会契約の解除による原状回復請求権に基づき、入会金四〇〇万円及び預託金一一〇〇万円の合計一五〇〇万円の返還を求め、また、予備的請求として、右債務不履行により原告が被る損害の一部として同額の支払を求めた事案である。
二 争いのない事実等
1 被告は、平成元年一月三一日、総合保養施設の経営、施設利用会員権販売等を主たる目的として設立された株式会社であり、サザンパシフィッククラブ(以下「本件クラブ」という。)という会員制のリゾートクラブを経営している。
2 原告は、平成二年九月二五日、被告との間で、左記の内容の本件クラブへの入会契約(以下「本件入会契約」という。)を締結し、被告に対し、入会金として四〇〇万円を支払い、かつ、預託金として一一〇〇万円を預託した。
(一) 会員の種類 個人会員
(二) 会員カード 会員本人に対してはゴールドカードが、登録家族会員(配偶者、一親等の血族)に対してはシルバーカードが発行され、後記施設無料使用特典が確約される。
(三) 入会金 四〇〇万円(入会に際し支払う。支払後は理由のいかんを問わず返還しない。)
(四) 預託金 一一〇〇万円(会員が資格を取得した日の翌日から起算して一〇年間据え置き、右据え置き期間満了後、会員からの返還請求があった場合には返還する。)
(五) 年会費 六万円
(六) ゴールドカード会員及びその登録家族等の施設無料使用特典の内容
会員本人に対してはゴールドカード一枚が、登録家族会員各人にはシルバーカード各一枚が発行され、次の内容の施設無料使用特典が確約される。
(1) クラブホテルの利用
会員本人は、年間三六五日客室一室二名まで無料(ただし、同一ホテルの年間利用日数は延べ九〇日まで。)。シルバーカード所持者は、同一家族として発行されたシルバーカード合計で年間三六日まで一室無料。
(2) オーストラリアのサンクチュアリーコーブ、リゾートハウスの利用
会員本人の宿泊は年間延べ三六日まで無料。シルバーカード所持者は、同一家族として発行されたシルバーカード合計で年間三六日まで無料。会員本人と同宿のビジターは年間延べ一二日まで無料。
(3) クラブ所有ゴルフ場等の利用
会員本人は、ゴルフクラブグリーンフィー四名まで無料。シルバーカード所持者は、一組までグリーンフィー半額。テニスコートは無料。
(七) 利用施設
リゾート拠点と提携施設とがあり、リゾート拠点は、ハワイ、フィジー、タヒチ、ニューカレドニアの四か所である。その後、平成二年にオーストラリアのサンクチュアリーコーブが追加された。
3 原告は、本件入会契約締結に際し、平成二年九月二〇日、株式会社かんそうしん(以下「訴外会社」という。)との間で、立替払委託契約を締結し、訴外会社に対し、本件入会契約の預託金一一〇〇万円の立替払を委託し、訴外会社は、被告に対し、同月二五日までに右金額の立替払をした。
4 原告は、訴外会社に対する立替金返還債務を担保するため、本件クラブの会員権を譲渡担保として訴外会社に差し入れた。
5 本件クラブの会則(以下「本件会則」という。)には、被告が右クラブの目的(本件会則三条)に照らして必要と判断した場合には、被告は、右会則を変更することができる旨の規定(原告の入会当時の一九条、現在の二〇条。以下「本件規定」という。)がある。
6 被告は、原告に対し、平成八年一〇月一八日到達の「サザンパシフィッククラブメンバーの皆様へ」と題する書面により、前記2の内容を変更し、平成九年四月から、前記施設の無料利用を取り止め、施設の利用を全て有料とする旨、また、年会費を八万円に値上げする旨通知した。
7 被告は、その後、本件会則の変更により、平成九年四月から、オーストラリアのサンクチュアリーコーブ及びハワイの施設の利用につき、年間延べ七泊までを無料とし、それを超える場合には、ゴールド会員の場合、オーストラリアのサンクチュアリーコーブは一人一泊二五オーストラリア・ドル、ハワイの施設は一人一泊二〇アメリカ・ドルに、シルバー会員の場合はその倍額に、その他のホテルタイプの施設は一室一泊八〇〇〇円に変更する旨決定し(以下、右年会費の増額も含めて「本件改定」という。)、平成九年四月からこれを実施した。
8 原告は、被告に対し、平成八年一一月七日到達の内容証明郵便で、本件入会契約を解除する旨の意思表示をし、入会金及び預託金の返還を求めた。
三 本件の争点
1 原告の当事者適格
(被告の主張)
原告は、本件クラブの入会金及び預託金の支払のために原告の会員権を訴外会社に対して譲渡担保とし、現在も立替金返還債務の履行を完了していない。したがって、原告には、被告に対し入会金及び預託金の返還を求める本件訴訟の当事者適格がない。
(原告の主張)
原告の本件クラブの会員権(以下「本件会員権」という。)に関する原告と訴外会社間の契約は、譲渡担保契約の予約ないし原告の債務不履行を停止条件とする譲渡担保契約と解されるところ、原告の訴外会社に対する債務不履行、訴外会社による予約完結権の行使、停止条件の成就が存しないから、原告は被告の債務不履行を原因として本件入会契約を解除することができ、それに伴って、預託金の返還請求をすることもできる。なお、入会金返還請求権については、右譲渡担保契約の対象外である。
また、仮に右契約が譲渡担保契約の予約ないし停止条件付でないとしても、本件会員権についての原告と訴外会社間の譲渡担保契約は、原告と訴外会社間の内部関係においては所有権移転の効力を有するが、被告との関係においては所有権移転の効力を有しない。したがって、原告には、本件訴訟につき当事者適格がある。
2 原告に譲渡担保の目的物である本件会員権を処分(本件入会契約の解除、それに伴う入会金及び預託金の返還請求)する権限があるか。
(被告の主張)
仮に、原告に当事者適格があるとしても、本件会員権が、譲渡担保の目的となっている以上、その処分権限は譲渡担保権者たる訴外会社に移転している。したがって、原告は、本件会員権の交換価値に影響を及ぼす本件入会契約の解除、また、入会金及び預託金の返還請求という処分行為をすることはできない。
(原告の主張)
原告が本件入会契約を解除するについて訴外会社の同意が仮に必要であるとしても、原告は実質上訴外会社の同意を得ている。仮にそうでないとしても、原告は、被告に対する一連の行為について、訴外会社に通知しているにもかかわらず、訴外会社は、何らの異議も述べていないのであるから、少なくとも原告の行為を黙認している。したがって、原告は、本件入会契約を有効に解除することができ、入会金及び預託金の返還請求もできる。
3 本件改定が本件入会契約の債務不履行に当たるか。
(原告の主張)
個人会員の最も基本的かつ重要な特典は、施設無料利用特典であり、これに対する対価が入会金及び預託金であるから、個人会員の施設無料利用特典は、本件入会契約の基本的かつ重要な要素であり、その契約内容の変更には契約の相手方である原告の承諾を得ることが必要であり、個別の承諾を得ていない原告に対してはその変更を主張し得ないというべきである。
特に、原告は、老後は妻とともに、施設を無料で利用して生活を送ることができることに意義を感じて本件入会契約に締結したのであって、右特典がなければ本件入会契約を締結することはなかったし、被告も右事情を十分承知していた。
したがって、本件改定は重大な契約違反であり、本件入会契約の債務不履行である。なお、本件会則には、入会金は理由のいかんを問わず返還しない旨の規定があり、また、預託金は一〇年間の据置期間の規定があるが、これらの規定は、被告に債務不履行事由がなく、会員の都合による退会等の場合に適用されるものであり、本件のように被告の債務不履行を原因とする契約の解除の場合には適用がない。
(被告の主張)
平成不況下の経済情勢は、構造的な改革を待たなければ回復が見込めない程長期化し、会員制事業においても会員の募集が進まず、経営環境は極めて厳しいまま推移してきた。このような状況の中にあって、被告は、現在の会員数の下で最大限の経営努力を行い、本件クラブの運営を維持してきたが、大幅な運営赤字を計上せざるを得ず、従来の会員特典による利用システムの見直し、改定なくしては改善する方途が見込めない状況に立ち至った。このため、被告は、本件クラブ運営の維持、安定化による会員制事業の継続・確立を図るため、本件会則(本件クラブの施設利用規約を含む。)の改定により施設利用の一部有料化(本件改定)を行ったもので、その必要性は事業運営上不可欠なものである。
被告は、本件改定に当たり、リゾート拠点の施設利用に支障のないよう配慮して提携施設のみの一部削減とした。削減した施設は、過去の利用実績がほとんどないものであり、会員に実質上の支障はないものである。
オーストラリアのサンクチュアリーコーブ及びハワイの施設は、会員の利用の八〇パーセント強を占めているが、これらの施設は、個人会員につき年間延べ七泊までは従来どおり無料である。これは、過去の右各施設の利用実績が会員一人当たり年間平均七日以下であること等を考慮したものである。また、有料化された宿泊料も、一般の利用者の宿泊料と比べると、極めて低いものである。したがって、本件改定により会員は不利益を受けるものの、その程度は実質上それ程大きくなく、社会通念上相当と認められる範囲内である。
ゴルフ場のグリーンフィー特典についても、会員本人(ゴールド会員は全額無料、シルバー会員は半額無料)の特典は従前と同様維持し、非会員(ビジター)のみを有料化としたもので、本件改定による会員の不利益はあるものの、その程度は極めて限定された範囲にとどまるものである。
年会費は、原告入会時からでも約七年間(クラブ発足から約八年間)据え置かれており、本件改定は社会通念上相当な範囲内である。
以上のとおり、本件改定は、本件会則の変更によるものであり、しかも、本件クラブの運営上不可欠な必要性を有し、その会員への不利益は実質上極めて限定されたものであるから、本件入会契約の趣旨に照らし合理的な範囲内のものである。
したがって、本件改定及びその実施は本件入会契約の債務不履行には当たらない。
4 原告の損害
(原告の主張)
仮に、本件入会契約の解除に基づく原状回復請求が認められないとしても、被告には本件改定による被告の債務不履行により原告に現に発生し、また将来発生する以下の損害を賠償すべき義務がある。
(一) 入会金四〇〇万円
原告は、年間三六五日客室一室二名まで無料という会員特典があったからこそ本件クラブに入会したのであり、その対価として四〇〇万円もの入会金を支払ったのであるが、右入会金は被告施設利用料の前払の性質を有し、本件改定により入会金の支払を全く無価値化した以上、右入会金相当額を原告に返還すべきである。
(二) 将来の給付にかかる請求
原告は、これから毎年夏及び冬に各三か月ずつ被告施設に滞在する予定であったが、本件改定により宿泊費は年間で最低でも一五〇万円かかり、これから二〇年間被告施設を利用したとすると、その合計金額は三〇〇〇万円となる(一泊八〇〇〇円の料金が改定されないことを前提としたのであるが、改定されれば更に損害は増加する。)。
(三) 年会費値上分
一年間分で二万円増額したので、今後三〇年間分の増額分は六〇万円となる。
(四) 預託金及び利息
被告は、健全なる経営をし、預託金を返還すべき時期には、会員に預託金の返還をすべき義務を負っているにもかかわらず、乱脈経営をし(乙四の1ないし7)、約定の預託金返還時期に返済不能に至ったのであるから、原告は、預託金一一〇〇万円相当の損害を受けていることになる。また、本件預託金支払のため原告は借入をしており、その利息は一〇年間で七四〇万円である。
(五) 慰謝料
原告は、老後を海外において妻と共に会員特典を活用して生活することを夢見ていたのであるが、被告の一方的な会員特典を無にする本件改定により、右原告夫婦の夢は完全に瓦解し、その精神的苦痛は一〇〇〇万円と算定できる。
(被告の主張)
(一) 入会金について
入会金は会員資格取得に伴う対価であり、施設利用料の前払の性質を有するものではない。
(二) 将来の給付にかかる請求について
原告主張の将来の給付にかかる請求は、請求適格も訴えの利益も欠く不適法なものである。
(三) 預託金等について
原告の主張は何の根拠もない一方的な中傷にすぎず、本件改定と預託金の返還の問題や預託金支払のための借入とは全く関係のないことである。
(四) 慰謝料について
原告には本件改定による精神的損害は生じていない。
第三 争点に対する判断
一 当事者適格について
会員権に譲渡担保権を設定した者は、後記のとおり、譲渡担保権者の担保の目的である右会員権を消滅させることができないことから、会員入会契約を解除して、自己に入会金及び預託金の返還を求めることができないが、これは、会員権に譲渡担保権を設定したことによって、債権者に対する権利の行使が妨げられるというにすぎないから、その支払を求める訴えの当事者適格まで欠けるというものではなく、被告の主張は採用できない。
二 解除権の有無等について
会員権に対する譲渡担保権の設定は、右会員権の担保価値を把握することにより、債権担保の目的を達することにあることにかんがみれば、会員権に譲渡担保権を設定した者は、譲渡担保権者の同意がない限り、譲渡担保権の目的に変更を及ぼすおそれのある処分行為等をすることはできないと解すべきである。そして、債務不履行を理由とする会員入会契約の解除も、譲渡担保の目的である権利を消滅させるものであるから、譲渡担保権者の同意を要するものと解するのが相当である。
そうであれば、本件入会契約の解除は、契約上の地位の総体としての本件会員権を消滅させるものであるから、原告は、譲渡担保権者である訴外会社の同意がない限り、本件入会契約を解除することはできないと解するのが相当である。本件においては、右同意の存在について、これを認めるに足りる証拠はなく、原告の解除の意思表示は無効であるといわなければならない。
また、《証拠略》によれば、原告は、訴外会社に対して、平成九年七月三〇日に口頭で事情説明を行ったこと、同年八月二九日には、同年八月二六日付け書面で、同様の事情説明並びに本件入会契約の解除に伴う原状回復として入会金及び預託金の返還を受ける際には、会員権証書等の書類と引き換えに残債務の清算を行う旨を通知したこと、さらに、平成一〇年一月一九日付け書面で、本件入会契約の解除並びに入会金及び預託金の返還請求、原告、被告及び訴外会社の立ち会いにより、担保証書と入会金及び預託金の交換並びに訴外会社への債務の清算を同時に行うことにつき同意を求める旨を通知したこと、しかしながら、訴外会社は、平成九年八月二六日付けの書面については原告にこれを受領した旨連絡したが、右書面の内容に関しては、同意を示す意思表示をしなかったことが認められ、右事情に照らせば、訴外会社の態度をもって黙示の同意があったと解することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
三 債務不履行の有無について
1 個人会員の特典について
本件会則が本件入会契約の内容となっていることは前記のとおりであるが、前記争いのない事実等、《証拠略》によれば、被告が会員募集の際に配布したパンフレットには、個人会員の施設の無料利用等の特典が記載され、これらの特典は、本件会則に附属する本件クラブの施設利用規約に規定されていたこと、被告は、本件入会契約の勧誘に当たり、右施設の無料利用の特典の存在を強調したこと、原告は、本件クラブに入会する際、その老後を海外において妻とともに本件会員権の特典を活用して生活することを考えており、施設を無料で利用できるという特典に魅力を感じたため、借入までして本件入会契約を締結したことが認められる。
ところで、原告のような計画をもって会員権を購入した会員は例外的な存在ではなく、右計画は相当多数の会員に共通ないし類似するものであると解される。すなわち、被告の会員権の価格は、入会金と預託金を併せて一五〇〇万円という高額なものであるから、多くの会員は、金融会社と立替払委託契約等を締結した上で右支払を行い、後は右金融会社に対し割賦払いで返済していくという方法をとることが多いことが認められるところ、そのような者の多くは、職業に従事しており、当面長期間にわたって海外のリゾート施設を利用することはほとんど不可能であると思われる。
それにもかかわらず、高額の代金を支払ってまで被告の会員権を取得するのは、主に将来自分が退職などした後に右特典を活用して、長期間右施設を利用しようとの計画に基づくものと解される。
そして、被告は、右事情について認識していたはずであり、少なくとも当然認識すべきであったというべきである。
そうであるならば、本件入会契約の前提となった個人会員の施設の無料利用の特典は、本件入会契約を締結する会員の基本的かつ重要な権利であると解するのが相当である。
2 本件会則の変更について
前記のとおり、本件会則は、本件入会契約の内容となっており、本件規定は、本件入会契約の内容として効力を有するが、本件規定に基づく会員の基本的権利義務に関する事項の変更は、被告が無条件で一方的に変更することができるのではなく、契約締結後著しい事情の変更が生じるなど、これを変更するにつき合理的な理由があり、かつ、そうすべき必要性がある場合に初めて認められるのであり、しかも、会員の権利義務に著しい変更を生じないなど合理的かつ必要な限度でのみ認められると解するのが相当である。
本件改定は、前記のとおり、個人会員の基本的権利に関する事項の変更に当たるから、本件改定の有効性は、本件改定に右合理性と必要性が認められるか否かによって決せられるところ、前記争いのない事実等及び《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。
(一) 被告は、平成元年一月、株式会社イー・アイ・イーインターナショナル(以下「イー・アイ・イー」という。)の一〇〇パーセント子会社として設立された(ただし、平成元年末までにはイー・アイ・イーの被告株の持分は五二・五パーセントにまで減じた。)。当時、イー・アイ・イーは、ハワイ、タヒチ、フィジー、ニューカレドニア等のリゾート地域において、ホテル、コンドミニアム等の宿泊施設、ゴルフコース、マリーナ等の付帯スポーツ施設からなる南太平洋のリゾート総合開発事業を推進しており、被告は、会員約三六〇〇名を募集してその預託金によりイー・アイ・イーが開発した右リゾート施設の一部を買い取る若しくはその開発事業に参画し、会員の利用に付する計画であった。
(二) 被告は、右計画に基づいて、平成元年六月から会員募集を開始し、その約一年半後の平成三年の初めころには現在の会員数である一一〇〇余名の会員の入会を達成した。一方、平成二年のいわゆるバブル経済の崩壊により、被告の実質的な親会社であったイー・アイ・イーは、同年後半には資金繰りに窮する事態に陥り、平成三年にはリストラを含めた経営の全面的な見直し、建て直しが図られることとなり、イー・アイ・イーの南太平洋のリゾー卜開発についても見直しが行われ、同年半ば、被告が当初事業計画で予定していたハワイ、ニューカレドニアについての開発が全面的に一時凍結されることとなった。これにより、被告が会員募集のパンフレットに表示した会員特典としての利用施設が変更になる可能性が発生したため、被告は、会員の募集を一時停止することにした。また、バブル経済の崩壊後の長期間にわたる不況の影響は被告の会員権の販売にも及び、会員権相場の急落により会員権の販売が困難となっていった。
(三) 被告は、オーストラリアのサンクチュアリーコーブ、ハワイのコンドミニアム及びホテルを会員施設と定め、ニューカレドニアのホテルと利用提携して、平成四年八月から会員利用を開始したが、会員募集は計画どおりには進まず、会員権の継続的な売上を見込むのは現実的に不可能な状態に陥った。そして、会員募集による預託金で右リゾート施設の購入・開発資金の全てを賄う計画であったため、募集に応じた会員数が計画の三割程度に止まったことが本件改定に影響し、また、会員からの預託金を利用施設の取得に費やした。
(四) 被告は、平成二年三月期及び平成三年三月期の決算では利益を計上したが、平成四年三月期の決算以降今日まで連続して赤字を計上しており、被告の損益計算書上の年間の経常赤字は約四億円であった。
(五) そこで、被告は、原告に対し、平成八年一〇月一八日到達の「サザンパシフィッククラブメンバーの皆様へ」と題する書面により、これまでの前記特典の内容を変更し、平成九年四月から、前記施設の無料利用を取り止め、施設の利用を全て有料とする旨、また、年会費を八万円に値上げする旨通知した。しかし、会員の反対が強かったことから、一部を無料とする本件改定を行うことに改め、同年三月に書面でこれを会員に通知し、同年四月から実施した。なお、本件改定によっても年間約五〇〇〇万円の収益しか上がっていない。
ところで、被告は、右会員募集の不振は、いわゆるバブル経済の崩壊により会員権相場が急落したことが影響したものであり、被告が会員募集を開始した平成元年六月当時、被告が、右のようなバブル経済の崩壊やこれに連動した会員権相場の急落を予測することはできなかった旨主張する。
しかしながら、そもそも、被告が会員の募集に際して交付したパンフレットに記載されたリゾート施設の購入及び開発資金の全てを、これから募集する会員の預託金だけで賄おうという資金計画は、おおむね計画どおりの会員募集が確実に行えるとの前提に立つものであって、諸々の社会的、経済的事情の変動により頓挫する危険性を持つものであることは、ある程度は当然予測し得たものである。
それにもかかわらず、被告は、右リゾート施設の購入・開発に当たり、会員の預託金以外の資金調達の手だてを十分講じることなく漫然と経営を行っていたため、会員募集の不振により右計画が頓挫する可能性が濃厚となった後も、リストラによる経費の削減などのいわば消極的な措置を講ずるほかなく、結局、会員の負担の下に本件改定をするに至ったのである。
前記のとおり、被告は、平成四年三月期の決算以降今日まで連続して赤字を計上しており、被告の損益計算書上の年間の経常赤字は約四億円であるところ、本件改定により年間約五〇〇〇万円の収益しか上がっていないことに照らせば、本件改定により会員の施設利用の維持が可能になったとはいい難く、金融機関からの借入も難しい状況の中で、本件改定が合理的なものであったか甚だ疑わしい。
また、仮に、本件改定に合理性及び必要性が認められるとしても、前記のとおり個人会員の施設の無料利用の特典は、当初から本件会則に定められた範囲をもって個人会員の基本的権利であると解されるから、その変更は、右会員の権利に著しい変更を生じないなど合理性を有する限度内で行われる必要がある。
この点、被告は、オーストラリアのサンクチュアリーコーブ及びハワイの施設は、会員の利用の八〇パーセント強を占めているところ、これらの施設は、過去の右各施設の利用実績が会員一人当たり年間平均七日以下であること等を考慮して個人会員につき年間延べ七泊までは従来どおり無料であり、また、有料化された宿泊料も、一般の利用者の宿泊料相場と比べると極めて低いものであって、本件改定により会員は多少の不利益は受けるものの、その程度は実質上それ程大きくなく、社会通念上相当と認められる範囲内である旨主張する。
しかしながら、例えば、会員が夫婦など複数で宿泊するような場合(会員の多くはこのような利用を考えていたと思われる。)、そのうち一方がゴールドカード会員で他方がシルバーカード会員の場合、会員一人当たり年間平均七日以下の利用実績との被告の右主張に基づけば、会員二人の利用である以上、二人で七泊(一人当たり七泊、二人合計一四泊)できなければならないところ、本件改定においては、会員権一口につき年間延べ七泊まで無料で利用できるとした上で、一人一泊を一と数えるのであるから、二人として計算すると三泊半しか無料利用できないことになるのであるから、被告の右根拠には合理性がない。また、そもそも三〇か所以上のリゾート施設を年間三六五日全て無料で利用できるとの特典が、被告指定の右二か所施設のみ年間七泊に限り無料とし、他の施設を全て有料(なお、利用可能施設は一五か所に減縮)とする本件改定は、長期不況による会員権相場の急落及び被告の厳しい経営状況を勘案しても、あまりに一方的かつ著しい変更であって、合理的かつ必要性の範囲を超えたものといわざるを得ない。
3 以上のとおり、被告の行った本件改正及びその実施は、被告の施設を会員に無料で利用させるという本人入会契約の基本的債務を一方的に変更したことによる債務不履行があるといわなければならない。よって、被告は、原告に対し、これにより原告が被った損害につき賠償すべき責任がある。
四 原告の損害について
1 入会金四〇〇万円について
入会金は、会員資格を取得することに伴う対価であり、被告施設利用料の前払いの性質を有するものではないから(本件会則六条)、原告が本件会員権を取得している以上、右入会金についてこれを損害と解することはできない。
2 将来の利用料金三〇〇〇万円について
この請求は、将来の給付の訴えに当たるが、債務不履行の成立要件が充足されるか否か及びこれに基づく賠償額の範囲等を現在において一義的に明確に認定することができず、かつ、将来における事情の変動により、賠償請求権が成立しなくなったことを証明して請求を阻止する責任を債務者に負担させることが不当と考えられるような場合には、このような将来の損害賠償請求権は、将来の給付の訴えの請求権としての適格を有しないと考えられる。
本件において、将来の債務不履行すなわち利用料の合理性、損害の有無・程度は、被告の経営方針、企業努力、利用料の見直し、また、原告の利用状況(原告は、これまでに被告施設を利用したのは、平成六年四月二八日から同年五月五日までハワイの施設を利用したのみである。)等複雑多様な要因によって左右されるものであり、具体的基準によって、賠償請求権の将来における変動を把握することはできず、また、前記の立証責任を債務者である被告に負わせるのが相当であるとはいえないから、右請求は、権利保護の要件を欠き許されない。
3 会費値上げ分六〇万円について
会費が年間二万円増額になったことは前記のとおりであるが、原告は、平成九年から年会費を支払っていないことからして、前記2で述べたことがそのまま当てはまるのみならず、前記の事情に照らせば、この程度の値上げは、必要かつ合理的な範囲であるといわなければならないのであり、この点についての原告の請求は理由がない。
4 預託金一一〇〇万円及び利息七六〇万円について
前記のとおり、被告に施設利用の有料化につき債務不履行があったとしても、そのことから直ちに、原告が、預託金相当額及びその借入金の利息相当額の損害を被ったということができないことはいうまでもなく、また、一〇年間の据置期間経過後の預託金返還時期に右預託金を返還できないことを認めるに足りる証拠もなく、現時点で同額につき原告に損害が発生しているということはできないのであるから、原告の請求は理由がない。
5 慰謝料一〇〇〇万円について
原告は、将来海外の施設を無料で長期間利用しようと考えて本件会員権を取得したことは前記のとおりであるが、入会金が四〇〇万円、預託金が一一〇〇万円と高額であり、しかも、ようやくこれから利用しようとしている矢先に、ごく一部を除くほとんどの施設の利用が有料となったのであり、借入までして高額な本件会員権を取得した意味がなくなったといっても過言ではない。これにより原告が精神的苦痛を被ったことが認められ、これを慰謝するには一〇〇万円が相当である。
五 結論
以上のとおりであり、原告の請求は、一〇〇万円及びこれに対する解除の意思表示をし入会金等の返還を求めた日の翌日である平成八年一一月八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、この限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 木村元昭)